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昼でも暗い路地を抜けると花街だった!?【鯛萬小路】

「鯛萬小路」は、今はなき花街へと導く回路です。
さあ、松本・裏町の裏の路地の裏の迷宮へ。
松本では路地のことを小路(こうじ)といいます。

鯛萬小路


鯛萬小路には表通りに面した建物と建物の間から入る。
そこはまさに隙間のような空間だ。
あまたの酒場の看板が空中で折り重なりるようにしてひしめき、白昼でも小暗い。
路地の行く先は袋小路のようにも見え、そうでないようにも見える。
鯛萬小路は、どこか妖しくて訝しい。


足を踏み入れると、路地は思った以上に狭い。人と人がようやくすれ違える程度だ。
頭の上が酒場のネオン看板で埋まる。
その高みにある空は、ピンと張られた糸のように細く長い。
酒場は狭い路地に張りつくように並んでいる。
棟割長屋にある店々は一軒一軒間口が狭く、窓も無いので店の中を伺うことができない。
客の出入りするドアが勝手口と紛う店もある。
水道にガス、さまざまな管が店の壁を這う。


いつの間にか異世界に入り込んでしまったような感じ。
このトンネルのような路地は抜けられるのか。
抜けられるなら、その先の風景はどうなっているのか。
振り返れば、光あふれる表通りがやけに白々としている。


この鯛萬小路のある界隈は、居酒屋やスナック、ナイトクラブなどが密集する古くからの夜の街で、町の名はずばり、「裏町」。
ただしこれは通り名で、正式な町名ではない。
だが松本の人々はだれもが裏町と呼ぶ。
そう呼ぶことが身に染みついていて、あたかも本来の町の名であるかのように呼んでいる。


鯛萬小路


袋小路のようにも見えた鯛萬小路だが、鉤の手に折れると道幅が少し広くなる。
軒下に緑生い茂る民家が建ち並び、一転して落ち着いた雰囲気に変わる。
路地の奥にあるあずま屋の下では、石造りの大きな自噴井戸から清冽な水が溢れるかのごとく湧き出ている。
鯛萬の井戸だ。
井戸には、ポリタンクや何本もの大きなペットボトルを抱えた人々が水を汲みにくる。
なべて男性は黙々と汲んでいるが、たまたま女性ばかりが集まると、
「どちらからみえました?」
「○○という井戸には行ったことあります?」
「ここの水がいちばんおいしい。」
と、井戸端は一気に華やぐ。


かつて、ここには『鯛萬』という老舗料亭があった。
現在は大きなマンションとなっているが、路地や井戸の名は、この料亭に因んでつけられている。


「そりゃ華やか。昔は車なんてないからね、(お客さんは)人力で来たの。人力で。」
路地で出合ったこの辺りに住むというおばあさんが、ありしの様子を教えてくれた。
この鯛萬小路のある裏町界隈は、かつて芸者さんの弾く三味線の音や歌がそこかしこから聞こえてくる花街だったのだ。
花街が興ったのは明治15年ごろで、公に認められたものとしては信州で一番古いといわれている。
大正時代には約200~300人の芸者さんがいて、60軒もの置屋があったらしい。
料亭は花街の賑わいの中に店を構えていたわけだ。
ちなみに、人力とは、人力車のことである。


井戸の端に立ち、辺りを見回してみる。
周囲の民家の多くが軒先に看板を出している。
どことなく古風な、源氏名のような名が書かれているだけの白くこざっぱりとした看板。
店であることは言わずもがな。
おばあさんと出合って話を聞いたためだろうか、
見つめていると、一瞬、花街という見知らぬ世界を覗いたような気がして、どきんとしてしまった。


裏町は善光寺道の裏にあり、鯛萬小路は裏町の裏にある。
裏路地は秘密めいており、その裏側には花街の残り香が。
裏は意外性と驚きに満ちている。
裏だから面白い。裏町然り。鯛萬小路然り。


裏町は近年「うら町」と書き表すことが多いようだが、どうしてかな。
もっと「裏」を誇っていい。


鯛萬小路

市街地の湧水が「平成の名水百選」に選ばれてから、鯛萬小路の入り口に「鯛萬の井戸入り口」という案内板が設置された。
正直、面白味が半減。ネタばらしみたいになってしまって。
何が出てくるかわからないドキドキ感や期待感に胸躍らせながら路地を進み、そして井戸を見つける。
こんな楽しみがあったのだけれど。以前は。
なお、記事では案内板が設置される前の写真を載せているので、路地裏の店も現在とは違っていたりします。


松本のネオン街「裏町」の表通りである「裏町通り」。近年では裏町で飲む人たちが減ってしまったそう。

鯛萬小路

鯛萬小路入口から覗き見た路地。

鯛萬の井戸

鯛萬小路の奥にある「鯛萬の井戸」。現在の井戸は料亭が消えたあとに改修されたものだが、井戸そのものは、おばあさん曰く「昔からずーっとあるよ」。
▶ 路地裏でぼこぼこ【鯛萬の井戸】

裏町「菊屋」

数年前まで裏町には「菊屋」という三味線などの邦楽器を扱う店があった。店は木造の二階屋。場所がら、芸者衆ご用達の店だったのかも知れない。またひとつ花街の面影が消えてしまった。

裏町「菊屋」

菊屋の看板は三味線のばちをかたどったもの。

松本市裏町

スズキ・メソードの前身である「松本音楽院」もこの裏町にあった。松本音楽院は昭和21(1946)年に設立。使われなくなった「検番」(花街の料理屋・置屋・待合の組合の事務所)の建物を借りていたそうだ。

明治初期に松本城の保存に尽力した市川量造は、裏町(このころの町名は下横田)の出身で副戸長を務めていた。
▶ 目抜き通りに松本城!?【青翰堂書店】の店構えを見て考えた、お城への愛の話


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かもしかかも

Author:かもしかかも

今のところ、信州・松本をガイドブックなどとはちょっと違う視点で切り取ろうとしております。登山の話も。ラブ・ローカリティー。

●なんでもあるけど、肝心なものがない世の中だと思っている。
●山に登る。中学のころ裏高尾の小仏峠を1人で越えて以来、登山にはまる。日本アルプスを縦走したり冬山にも登ったり。
●信州に魅了されている。
●旅行ではなく旅が好き。

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